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自ら機会を創り、自分で機会へ飛び込んで成長する会社へ

2025年12月12日


1.事業を創る:一人の「公共事業部」から

 私は大学2年生の頃から、フリーランスとして様々なスタートアップ企業のソフトウェア開発を手伝っていました。しかし大学3年のある日、「2次請け、5次請けといった多重下請け構造の末端はもうたくさんだ」と痛感しました。そこで、当時関わっていた学生ベンチャー内で官公庁案件を獲得する「公共事業部」を立ち上げ、たった一人、部下のいない事業部長として札幌市の仕事を受注し始めました。

 システム業界は建設業に似た多重請負構造ですが、現場・現物が見えにくい分、伝言ゲームの弊害は深刻です。「どう考えても顧客の意図はAだが、偉い会社がBだと言うからBで作ろう」という意味不明な論理がまかり通ります。しかし、国語力のあるプログラマが直接顧客と対話し、自ら開発した方が、安くて良いものができるに決まっています。そんな確信のもと、私たちは大企業がひしめく官公庁案件へ、プログラマ集団の元請として挑みました。

 仮説が合っていたのでしょうか、ちゃんと数回に一回は仕事が取れました。病院や図書館、卸売市場など、現場の方々は本庁舎とは少し違う大らかさがあり、最初は「お手並み拝見」と静観していた担当者の方々も、調達価格が下がり品質が上がると面白がってくれ、役所の仕事や入札の仕組み、日常業務のことなど、様々なことを教えてくれました。

 その後、学生ベンチャーの方針転換に伴いシステム事業は畳まれることになりましたが、私は公共事業部を引き継ぎ、「Q Enterprise Systems株式会社」として独立しました(「Q」は当時専攻していた応用物理学のQuantumに由来します)。後に「日本先進通信株式会社」へと社名変更しますが、元の会社とは今でも円満な関係です。 実績を積むにつれ、母校である北海道大学の案件も落札できるようになり、紹介で仕事を頂ける信用もついてきました。ここまで来るのに2年かかりました。


2.「次の事業」を探して

 一点突破で始まったフリーランスの仕事は、年間売上5万円からスタートし、ようやくビジネスらしくなってきました。しかし、「安さ」だけを武器にすることの限界も感じていました。プログラマの仕事は属人性が高く、自社製品がないとスケールしません。「個人事業主の延長」から「組織」へ脱皮するため、次のビジネスモデルの模索が始まりました。

 そこからは地獄の始まりでした。モーターを高速回転させて発電を試みたり、レーザーやサーバーを自作したり、ロボット技術を探求したり。電気工事士や大型特殊免許まで取りました。これらで得た知見は後に仮想基盤事業を立ち上げる時に奇跡的に役立ちましたが、ノウハウのない新規事業の立ち上げがいかに困難か、身をもって知りました。

 転機は、知人と入ったバーでの出会いでした。隣に座った方が「新しく作るスタートアップ支援施設で、ネットワーク構築できる人を探している。大手の品質と価格に納得がいかない」と話していたのです。2年前、雑談きっかけで飲食店のネットワーク構築を行い、夕方から翌日夜まで絶望しながら作業した記憶が蘇りました。「あの苦労はこのためにあったのかも」と思い、実績はたった1件でしたが、突撃してみることにしました。


3.通信業の成長

 これまで官公庁営業しか知らず、商談というものがよく分かりませんでした。発注書の作り方も分からない、ビジネスが分からない、戦略もない、営業方法が分からない。競合の大手企業が分厚い資料と多人数で来る中、AOKIの1万円のペラペラのスーツを着て覇気が全くない私は手書きのポンチ絵3枚で、ひたすら作りたいネット環境への熱意を語りました。あまりの資料の拙さに、見かねた顧客側の担当者さんが資料作成を手伝ってくれるほどでした。

 最終コンペでは「大手企業の半額で速度は10倍」という提案をしました。役員会では反対意見もありましたが、しまいにはとうとう担当者さんと共に「スタートアップを応援する施設だと仰るなら、スタートアップにこそチャンスをください!」と訴えるまでに至り、大逆転で受注に至りました

 しかし、本当の修行はここからでした。真夏のビルの最上階、まだ壁と床だけしかない現場へ半袖短パンで向かい、現場監督に激怒されるところからの始まりです。資材搬入に台車を使う発想もなく、15kgのLANケーブルと30kgの資材をママチャリに積んで往復しました。 大学1年で皆勤した新聞配達の経験で得た「ママチャリかバイクか程度の違いは誤差であって、人の倍動けば問題ない」というガッツはありました。しかし、技術も知識も足りません。現場監督や職人さんに怒鳴られ、呆れられながら、彼らの技術を見て盗み、夜はネットで勉強して知識を吸収しました。

 工事中、知人からサーバーラックをもらい受け、ハイエースを借りて運び込みました。深夜4時、YouTubeを見ながら振動ドリルでコンクリートにアンカーを打つ私に、発注元の担当者さんも付き合ってくれました。 引き渡し翌日には「特定条件下で繋がらない」とクレームが入りました。そこで300の機能のオンオフを切り替えて検証し、たった1つの項目が原因であることを突き止めて解決に至りました。

 一生懸命分析し、考え抜き、「やる」と決めたら理論より勢いで押し切る。そうして無理やり通信事業を立ち上げました。儲かりにくい事業ですが、他社がやらないので優秀な学生たちが面白がって手伝いに来てくれる。これが苦行で得た一番の宝でした。


4.徹底的やり込み

 私は通信に強い思い入れがあります。学生時代、実家のWi-Fiは切れやすく、大学のネットワークは制限だらけで不満でした。それを解消しようと試行錯誤する私を、情報系の教授は面白がってくれましたが、事務方は禁止事項ばかり並べ立てました。私は「やってみたい」「面白そう」という好奇心を潰し、意味もなく自由を制限する官僚主義的な姿勢が大嫌いです。公平性や効率性は学ぶべき一方、過度なリスク回避とセクショナリズムが日本の未来の芽を摘み取ってきたのです。こうした因習は私たちの代で終わりにしなければなりません。

 通信業界には「ベストエフォート(繋がらなくても仕方ない)」という逃げ道があります。以前、某大手企業の担当者が「通信速度はゼロでも契約上問題ない。ネットなんか使えなくてもいい」などとふざけた事を言うので、私は憤ってしまいました。「じゃああんたは、レストランでステーキを頼んで皿だけ出されても金払うんだな?」 そう問い詰め、論理と徹底的なデータで、ぐうの音も出ないほど論破してしまいました。私たちも技術者の端くれですから、技術者倫理に則らない嘘や不正で人に迷惑をかける事は許しません。霞が関の役人に対しても、現実に即した法解釈を提案し、認めさせたこともあります。素直で誠実、嘘がなく、自由で豊かな良い暮らしを作りたいのです。

 私は「夜間や休日はサポート外」という常識も疑っています。消費者がネットの不調で一番困るのは、実は夜や休日であると思っています。労働者の権利は守りつつも、インフラを預かる以上、緊急時にはちゃんと対応すべきです。既存の業界慣習に縛られず、私たちは優しさと思いやりを持ち、守るべきものを守れるチームでありたいと思います。

 「開通工事に時間がかかる」常識も、実は業界の多重下請け構造が原因であって、変えることは可能です。簡単な工事に高額な費用がかかり、作業員にはわずかな報酬しか渡らない。私たちはこの構造を変えるため、自前で光ファイバを敷設し、インターネット網を構築することにしました。

 総務省への「電気通信事業」の認定申請は、管轄区で40年間に1件も前例がなかったので難航しました。「個人でネットをやりたい」という動機が理解されず、「審査に何年かかるか分からない」とまで言われました。しかし、諦めずに何百枚もの法令集を読み込み、毎日電話で不明点を延々と聞き続け、データを取れるだけ集めました。霞が関の役人から「相当詳しい」と言われるレベルまで電気通信分野を勉強し尽くし、わずか1年での許認可取得です。 公道占有許可や電柱使用の交渉でも、「前例がない」「経験がない」と難色を示されましたが、安全講習を受け、5センチのファイル1冊分にも及ぶ膨大な書類を作成し、粘り強く交渉して半年ほどで道を切り拓きました。後日、通信局の担当者さんが異動の際、「日本先進通信がついに認定を取りましたか」と挨拶をくれたことは、今でも忘れられません。役所の中にも素晴らしい人がいると知った経験でした。

 そうして「アホだけど面白い奴ら」として認識され、学生集団から始まった組織は、徐々に企業として形を成してきました。何も持たざるところからスタートし、3年かけてようやく起業のスタートラインに立てた気がします。


5.自ら機会を創り、自分で機会へ飛び込んで成長する会社へ

 私たちは変わり者かもしれません。「好きな仕事を好きなように」「問題は必ず解決する」という哲学を持ち、無理だと確定しない限りあらゆる手を尽くします。めちゃくちゃ調べ、考え、バリバリ働きます。ゴリ押しもしますが、相手に合わせる柔軟さも持ち合わせています。法律は遵守しますが、労働法に縛られすぎて動けない企業を横目に、24時間安定稼働を目指します。そして、目的のために多重下請け構造には加担しません。

 私たちの信念は、困ったことや理不尽を、技術・言葉・数字・気合いで変え、お客様のビジネスにスピードと便利さをもたらし、生活と国を豊かにすることです。「今のやり方より良いシステムを作る」「不便を解消する」「理不尽な法令を変える」「前例のない仕事を作る」。これらを具体的に実行している集団です。

 最近「ビジョンはあるか?」と聞かれ、「科学技術の力で23世紀をつくる」と答えました。大手企業が言えば笑われるような大きな夢も、私たちなら真剣に語れます。「モーターを高速回転させれば発電できる」と言って本当にやってしまう社長がいる大学発スタートアップですから、官僚機構で許されない、面白いプロジェクトを実行できます。

 ワクワクする夢を持ちながら、たくさんのカッコ悪い失敗から堅実に学び続けて成功への道を自ら開拓し、好奇と冒険の心を原動力に自分から機会を創り、あえて自分から苦行へ飛び込んで成長する本物のカッコイイ科学者・技術者を創ることが私たちの使命です。「自分で電柱を建てて800G通信をするんだ!」と目を輝かせる大人と一緒に働きたいと思っています。

 23世紀は、ロボットが家事をし、自動運転車が除雪する世界になります。それを実現するのは情報・通信技術と、強靭なインフラ、そして何より優秀な人材です。優秀な人材を惹きつけるのは、面白い仕事、高い報酬、そして自由で独立した環境です。私たちは、大学の知性と企業の実行力を併せ持つ「コンピュータ付きブルドーザー」のような集団を目指しています。

 昨今の「SDGs」や「働き方改革」といった言葉の裏で、本来あるべき「挑戦」や「熱量」が失われています。もっと働いて豊かになりたい人の足を引っ張るような事はやめるべきです。私たちはゆるふわな環境より、しっかり働いて成果を出し、その分報われる組織が良いと考えています。

 私は世界地理が苦手ですし、コネもカネもありません。しかし、私たちには夢を描く力があります。今は名もなき会社ですが、近い未来に信頼と実績のあるチームになります。「アホだけど面白い奴ら」を、どうか今後ともご支援いただければ幸いです。


日本先進通信株式会社
代表取締役 松浦求磨

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